三角亭
2018年最後の記事となります。年初から更新回数を週3回から週1回に減らして1年経ち、取り上げた件数は減りましたけど、今の自分としてはこのくらいのペースがちょうど良さそうです。今年も一年間ご愛読いただきありがとうございました。新年もよろしくお願いいたします。
歴史には異説がつきものだ。定説では長崎チャンポンの発祥は四海楼とされているが、美有天のように元祖を名乗る店がなくもない。また時の積み重ねの中で埋もれてしまった異説もある。それが「チャンポン”三角亭”発祥説」だ。
「三角亭」発祥説は昭和22年9月28日付け長崎日日新聞の「話の泉」というコラムに掲載されている。「チャンポンの歴史」「中華(チャンホワ)と日本(ニッポン)の混血児(アイノコ)」「そもそもの始まりは一パイ五銭、大波止の三角亭で産声」という見出しが打たれ、本文では次のように書かれている。
“ところでチャンポンの濫觴は…古老にいわせると明治三十年ごろ――日清戦役の終わつたころからで大波止にあった三角亭という中國料理店の主人が、中國からの輸入野菜である“モヤシ”=あの大豆にシッポのはえたヤツ=が長崎の地に好適で、よく實るところからヒントを得、中國そばを長崎人の嗜好に適するように海の幸、山の幸をゴツタ煮して大丼一杯五戔也で賣出した。果然これが大當り。この混合うどんの反響が素晴しい。そして何時とはなく中華(チャンホワ)と日本(ニツポン)の前後をとつて、チャンポンという方言じみた言葉で呼ばれるようになつた。そこで市内の中國料理店は期せずしてこれにならい、次第に不景気になつてゆく民心にとり、安いチャンポンは時代の寵児として一路隆盛の途を進んだのであつた。”
「長崎皿うどんの歴史的考察」で詳しく述べたが、当初「チャンポン」は「支那うどん」とも呼ばれていた。そして「三角亭」は明治時代からその「支那うどん」の元祖を謳っていた。例えば明治43年1月1日の『東洋日の出新聞』(1910)の全面広告。丼を持ったアチャさん(中国人を指す愛称)のイラストと次の告知がされている。戌年なので犬の絵も添えられているのが愛らしい。ちなみにこの年、東京の浅草で来々軒が創業した。
“支那うどん元祖 長崎市大波止 三角亭
私儀
本年を以て四十一歳に相當致候間身祝として一月一日二日三日の三日間御来客様御壹名毎に御酒燗瓶壹本宛進呈可仕候”
そのほんの数日後、明治43年1月5日の『東洋日の出新聞』(1910)にも三角亭が「支那うどんノ元祖」として広告を出稿している。描かれている人物は弁髪を結っている。翌年に清国で辛亥革命が起こり弁髪が廃止されるが、この時点では実際に弁髪姿の中国人が見られたのだろう。
“長崎名物最大流行の大一番
長崎第一等、支那うどんノ元祖ハ大波止角、電話八二六番、三角亭ニ限ル、値段ガ安ク味ガ優等、紳士軍人學生最モ人格衛生ヲ重ズル諸士ノ御用達ナリ、御来崎ノ節ハ必ズ御試シヲ乞フ
三角亭 主 敬白”
長崎の市立図書館や県立図書館でこれらの資料を見つけ、三角亭に俄然興味が湧いた。他に何か情報は……と少し調べたら、なんと現在でも大波止に「三角亭」が営業しているではないか! しかし口コミサイトなどを見ても、チャンポン発祥に絡めた情報は一切ない。なぜだ? 今は元祖を名乗ってないのか? これは直接当たるしかないだろうと長崎滞在中に訪れてみた。
はい、ここからようやくいつもの焼きそばレポートに入ります。
三角亭は長崎電鉄の大波止停車場のすぐ近くに店を構えている。外観は昔ながらの町中華で店内も同様。お店は82歳になる女将さんと、息子さんだろうか、調理担当の男性で切り盛りしている。
メニューはチャンポンや皿うどんだけでなく、焼きそばや焼きビーフン、ラーメン、カレーライスなどもある。全般的に価格がリーズナブルだ。
初回訪問時はチャンポン(670円)をいただいた。スープは豚骨が主体か。白湯ではなくやや澄んだスープ。シコシコの唐灰汁麺が美味い。緑色のはんぺんにもようやく出会えた。
小上がりの框に腰掛けてテレビを眺める女将さんからポツポツお話を伺った。まずこの店の創業時期だが、50年前くらいだという。ということは明治どころか大正でもなく昭和である。明治時代の新聞に三角亭の広告が存在したのはどういうわけだろう?
実はこの場所を借りる際、大家さんから「できれば”三角亭”という屋号を使ってほしい」とお願いされ、「三角亭」の看板を掲げたそうだ。つまり明治時代の三角亭は大家さんの先祖が経営していた店で、現在とは全く別の店なのだ。受け継いだのは屋号だけで、チャンポンや皿うどんの味は残念ながら断絶している。
ただ、もともとの三角亭の名残が皆無というわけでもない。壁に設えられた棚の上に、絵葉書として販売された往年の三角亭の写真が飾られていた。
路面電車が映る通りの右端に「元祖支那うどん三角亭」の看板がはっきり見える。また左上の店主の写真には「上田百十郎」という名前が附されている。女将さんによると、上田氏の子孫は現在NBC長崎放送で役員をされているとのこと。それがどうも会長の上田良樹氏らしい。それもすごい話だな。
「その三角亭がチャンポンの元祖って話、聞いたことありますか?」
「いや、チャンポンの元祖は四海楼さんでしょう(笑)」
「あはは、ですよねー」
「もしありうるなら大家さんのやってた店だけど、元祖ではないと思う」
笑いながらあっけらかんと「三角亭」発祥説を否定する女将さん。まあ、そりゃそうだよなあ。実際、私も正直この説は信憑性が薄いと思う。チャンポン発祥が四海楼と決まったわけではないが、少なくとも日本人ではなく中国人だろうと感じられるのだ。ただ、こういう異説がかつて存在したという事実は有意義なので、こうして記録にとどめて置きたい。
それはそれとして、現在の三角亭。初訪問でその家庭的な雰囲気と味わい深いチャンポンが印象的だったので、皿うどんも食べに再訪してみた。今回はビールとスーパイコ(850円)。スーパイコはいわゆる「酢豚」の長崎での呼び名で、漢字では「酢排骨」と書く。
豚肉、人参、玉ねぎを油通ししたあと、酢・砂糖・醤油などで煮るわけなのだが、これがかなり甘い。頭痛しそうなほど振り切っている甘さで、汁気がたっぷりなのも特徴的だった。熊本の紅蘭亭で食べた「酢排骨」とはいろいろ異なるが、それもまた面白い。
スーパイコがあらかた片付いてから、締めにソボロ皿うどん(900円)の太麺を注文。焼き目のついたちゃんぽん麺に餡が掛かったお皿が運ばれてきた。餡の具は豚肉・エビ・イカ・玉ねぎ・人参・ピーマン・キクラゲ・サヤエンドウ。具にキャベツもモヤシも使ってないのは初めてだ。
スーパイコほどではないが、こちらも甘めの味付けだ。玉ねぎも甘い。焼いたちゃんぽん麺と餡の絡みはなかなか乙な味わい。ソースを掛けると甘さが和らいで食べやすくなった。それにしても長崎はとことん砂糖を使う食文化なんだなあ。
初訪問も再訪のときも地元らしきご家族連れをはじめ、お客さんが入れ替わり立ち替わり訪れてきた。他のお客さんもスーパイコを普通に頼んでいたので、あの甘さが長崎ならではの味なのだろう。「元祖支那うどん」云々はともかく、地域に密着したチャンポン・皿うどんの店としてオススメしたい。
店舗情報 | TEL: 095-826-9082 住所: 長崎県長崎市樺島町6-11 営業時間: 11:00~15:00 17:00~23:00 定休日: 不定休 |
---|---|
主なメニュー | 特製チャンポン 900円 ソボロちゃんぽん 900円 チャンポン 670円 ソボロ皿うどん 900円 皿うどん(細メン) 670円 皿うどん(太メン) 670円 スーパイコ 850円 |
ディスカッション
コメント一覧
「長崎が遠い」ってやつですね
https://www.jiji.com/jc/v4?id=201803sugarroad0001
>> シャオヘイさん
そうですね、長崎ならではの食文化ですよね。
長崎卓袱 浜勝が東京銀座に出店しましたけど、長崎よりもぐっと甘さを控えめにしていました。
そのままの味では、受け入れられないんでしょうねー。