染太郎

2016年6月26日

さて、一ヶ月半ほど続けてきた東京の老舗のソース焼きそば特集。今回で締めと致します。取りを飾るのはこちら。


昭和12年創業の"風流お好み焼き"、浅草・染太郎。東京の老舗の焼きそばといえば、この店を外すわけにはいくまい。高見順の小説『如何なる星の下に』に登場するなど、浅草界隈で遊び歩く文士・芸人に戦前から愛され続けてきた店だ。最近では浅草観光の定番スポットとして外国人の客も多いらしい。

訪れたのは7月中旬、平日のお昼時。梅雨も明け、日差しは本格的な夏の訪れを感じさせる。田原町駅から国際通りを少し北へ進み、交番のある角を左折。東京本願寺の裏手に抜ける菊水通りを100mほど歩くと右手に目的の店があった。戦後に建てられたという木造二階建ての店舗は緑に包まれ、そこだけ昭和初期で時間が止まっているかのようだった。

風流お好み焼き 浅草 染太郎

染太郎は全て座敷席なので玄関で靴を脱がねばならない。靴の入ったビニール袋をぶら下げ、女性スタッフの案内で店内へ。土日には行列も出来るほど混むらしいが、この日は半分程度の席が埋まっていた。視界に入ったのは7卓ほどだが奥の方にも何席かあるようだ。席数の割りにホールスタッフはお姐さんたち二人だけ。キビキビ動いてるのは見てて気持ち良いがなかなかに大変そうだ。

促された板敷きに座布団を敷いて着座。外観同様、店内も古色蒼然とした雰囲気だ。各席の座卓には鉄板が設えられ熱を発している。外の暑さも相まって店内に熱気が充満しているがエアコンは無い。お姐さんがお絞りを渡すついでに扇風機の向きを調節してくれた。

染太郎 メニュー

手元の品書きにはお好み焼きや焼きそばの他、鉄板焼きや酒肴、甘味などが並んでいる。平日昼間は、もんじゃ焼きもあるらしい。看板メニューの「お染焼(≒モダン焼き)」や「しゅうまい天」も食べたいところだが、今回は五目焼そば(ソース味・630縁)のみを注文。暑い日なのでビールも欲しいところだが、飲み物はお冷で我慢しておこう。ちなみにこの店では価格の単位の「円」を「縁」と表記している。この辺りも風流たる所以か。しばらくして麺と具が盛られたステンレスの皿が運ばれてきた。

五目焼そばはステンレスの皿で

「焼きましょうか?」
「お願いします」

この店の焼きそばは調理法が独特だ。メニューに解説は載っているが、せっかくなのでお姐さんにお願いした。熱くなった鉄板にラードを引き、肉や野菜を置いて麺を載せ、裏返しにした皿を被せる。

皿を被せて蒸し焼きに

「4分ほどこのままでお待ちください」

そう言い残してお姐さんは一旦去って行った。焼きそばは加熱されて蒸し焼き状態に。上の皿が熱くなった頃にお姐さんが戻ってきた。皿を取り除き、塩・胡椒・醤油・ソースで味を調え、両手に持った小手で手際よく混ぜ炒める。ソースの焦げる香りが食欲をそそる。確認された上で仕上げの青海苔と鰹節を振り掛けて出来上がり。

五目焼そば 630縁

麺は中太の深蒸し麺。地色が茶色く、しなやかな腰がある麺だ。東京の古い店はどこも深蒸し麺を好んで使っているように思う。具はキャベツ、モヤシ、揚げ玉、桜海老、豚肉でぎりぎり五目。トッピングは前述の通り青海苔と鰹節。お好み焼きだと鰹節はオプションで有料(60円)のようだが、焼きそばだと無料なのかな。

地色が茶色の深蒸し麺

思ったより具の量が多く、野菜はシャキシャキ。海老の風味も香ばしく、ラードと豚肉、揚げ玉のコクもある。調理法法は特徴的だがオーソドックスで美味しい焼きそばだ。やや薄味だったので途中でソースを少し足した。ソースはこの店特製で酸味の効いたタイプだ。戦前からソースで味付けしていたのか個人的に気になる点だが、スタッフが忙しそうで聞きそびれた。

ところで話は変わるが、焼きそばやお好み焼きでよく使われる「桜海老」について、ひとこと申し述べたい。

「サクラエビ」は駿河湾の由比漁港と大井川漁協でしか採れない高価な品だ。しかし安価なシラエビ(≠シロエビ)やアミエビ、オキアミなどを「桜海老」と表記して売っているお好み焼き屋や乾物屋も多い。干した状態での風味に値段ほどの差は無い上、着色すれば色味も似せられるので重宝がられているのだろう。『「桜海老」は原材料名ではなく商品名』という解釈も一応可能だが、清水生まれの自分としてはやはり見逃しがたい。「サクラエビ」以外の場合は出来れば「干し海老」などの表記に留めていただきたいものだ。

閑話休題。焼きそばを食べ終わってから、さっぱりしたものを欲しくなった。メニューを再度眺める。カキ氷も良いが甘いものという気分ではないなあ……と、追加注文したのは、ところてん・三杯酢(310縁)。

ところてん(三杯酢) 310縁

脇に練りカラシが添えられ、涼しげなガラスの器で供された。青海苔を適量振り掛け箸で啜ると、爽やかな酸味と辛味がツーンと鼻腔を抜ける。エアコンが無いが故、清涼感がさらに際立つ。美味い。

ところてんも食べ終えて、お会計は940円ならぬ940縁。昭和初期の趣を今なお留める貴重な店だ。戦前から営業を続けるお好み焼き店は全国でも珍しいのではなかろうか。これまでも何軒か紹介したが染太郎の近所には焼きそばの名店が多いので、観光ついでの食べ歩きもお勧めしたい。


浅草の花家から始めて、浅草の染太郎で終えましたが、やはり東京のソース焼きそばは浅草抜きには語れませんね。次回からは一転しまして西日本のコナモノ屋をあっちこっちつまみ食いして行きたいと思います。乞うご期待。

浅草 染太郎

店舗情報TEL:03-3844-9502
住所:東京都台東区西浅草2-2-2
営業時間:12:00~22:30
定休日:無休
ホームページ
主なメニュー五目焼そば 630縁
お染焼 780縁
しゅうまい天 630縁