お知らせ


みかづき イトーヨーカドー丸大店

2021年11月7日

8月に北海道から新幹線で戻った、その翌週末。某TV番組の収録のため、一泊二日で新潟へ行ってきました。本当は日帰りで済むんですけど、ホテル代自腹で前乗りってやつですね。今週は、その二日間で食べ歩いた新潟市内の3軒をご紹介します!


8月中旬、とある番組のロケで新潟の人気チェーン、みかづきを取材した。

新潟市民のソウルフード、みかづきのイタリアン

ご存知の方も多いだろうが、みかづきは太麺の焼きそばにミートソースを掛けた「イタリアン」で知られるファストフード店で、下越地方を中心に店舗展開している。今回取材で訪れたのは当ブログでも以前紹介した、みかづき万代店。みかづきの営業部長、小林厚志さんから直接色々とお話を伺え、貴重な機会を得ることができた。

みかづき 小林営業部長と記念撮影

ところでこのイタリアンは、どのようにして生まれたのだろうか? これまで公式に発表されている発祥・由来はあるが、この機会にさらに踏み込んで自分なりに考察してみた。

以下、かなりの長文になるので、苦手な方は飛ばしてください

イタリアンの誕生秘話(みかづき公式サイトより)

イタリアン誕生のエピソードについては、みかづきが公式サイトで詳細を掲載している。そこには三代目社長(現会長)の三日月晴三氏が昭和34年(1959年)に東京で焼きそばと出会い、『普通の焼きそばでは面白くなかったので、『ミートソースと粉チーズをかけて、フォークで食べる』というスパゲティ風で、おしゃれなスタイルのまったくオリジナルの焼きそばを考えだし』、翌年の昭和35年(1960年)からメニューに加えたと書かれている。

しかし私としてはまだ疑問が残る。ミートソースを掛け、イタリアンと名付ける、そう思いつくに至ったもっと具体的なきっかけがあったのではないか。そう考えて調べてみたところ、いくつかの新たな発見があった。

ミートソースの歴史(Wikipediaより)

まず「日本にミートソースが初めて伝わったのはいつ頃か?」という、そもそもの疑問が湧いた。諸説あるようだが、その一つが新潟市にあるホテルで、その名もイタリア軒。明治14年(1881年)にオープンした日本初の西洋料理店としても知られ、日本で初めてミートソース・スパゲッティを提供したという。みかづきの前身、明治42年(1909年)創業の甘味処・三日月は、そのイタリア軒から目と鼻の先の距離(古町8)にあり、イタリア軒へ出前もしていたそうだ。なんとも興味深い話ではないか。

明治14年創業のホテル・イタリア軒

みかづきの小林営業部長によると、三代目社長(現会長)の三日月晴三氏がミートソース・スパゲティを食べたのは古町にあった洋食屋さんで、残念ながらイタリア軒そのものではないらしい。ただ昭和30年代当時、ミートソース・スパゲティを提供する洋食屋は、銀座や浅草ならともかく地方都市では割と珍しかったに違いない。近隣にそういう店が存在したのも、イタリア軒がある新潟市の古町という土地柄によるものではないだろうか。

イタリア軒のミートスパゲティ

ちなみにそのイタリア軒は現在もシティホテルとして営業しており、1階のリストランテ・マルコポーロでは今でもスパゲッティ・ミートソースを食べられる。喫茶・軽食メニューの「伝統のボロニアミートスパゲティ(800円)」がそれで、今回実食してみた。本場のボロネーゼは肉がゴロゴロ入っていてトマトは僅か。パスタもスパゲティではなく幅広のタリアテッレを使う。日本のイタリア料理店も昨今では本場の味に倣う店が徐々に増えてきた。しかしイタリア軒で出されたのは日本でおなじみのミートソース・スパゲティ。トマトがたっぷり使われていて色も赤く、みかづきのイタリアンにも通じる懐かしい味わいだった。

ミートソースが日本に伝わった時期は分かったが、では次に「日本でミートソースが普及したのはいつ頃か?」という疑問が出てきた。今でこそミートソースは日本全国でおなじみの味になっているが、イタリアンが生まれた昭和34~35年はどういう状況だったのだろうか?

昭和34年(1959年) 日本初のミートソース缶詰発売

調べてみると、まさにその昭和34年(1959年)が、キューピーが日本で初めてミートソースの缶詰を発売した年だった。つまりまだまだミートソースは家庭ではそれなりの手間暇を掛けねばならない料理で、ほぼ外食のみでしか味わえない味だったのだ。もしかしたら三日月晴三氏は発売されたばかりのミートソースの缶詰を小売店で見かけたのかも知れない。あるいは営業が訪れたか、新聞などで知ったか。すべては想像にすぎないが、その缶詰発売が「焼きそばにミートソース」というアイデアのヒントになったとしても不思議ではない。

昭和35年(1960年) ローマオリンピック開催

そして、最後に「なぜイタリアンと名付けたか?」。これも調べてみたら興味深い符合が見つかった。みかづきがイタリアンを提供し始めた昭和35年(1960年)は、奇しくもイタリアのローマで夏季オリンピックが開催された年なのだ。1960年ローマの次が1964年のあの東京オリンピックだったので、きっと日本でのイタリアに対する注目度も高まったに違いない。それもあってイタリア風のミートソースを使った新商品を考案し、さらに「イタリアン」と命名したのではないだろうか。

「日本で初めてミートソースが食べられた土地」、「ミートソースが普及する時期」、「五輪でのイタリアへの注目度アップ」。これらの複合的な要因が重なって「新潟市の古町で」「昭和34~5年に」「イタリアンが」生まれた。あくまでも仮説に過ぎないが、それが現在の私の結論だ。みかづきのイタリアンは単なる思い付きではなかった。そう確信している。

以上、長々とした自説披露はこれにて終わり! そろそろ普段の焼きそば名店探訪録に戻ろう。

みかづきの前身、甘味処三日月が現在の「みかづき」と名前を改めたのは昭和47年(1972年)のこと。古町の元々の店が無くなったあとは、寄居店が最も古い店舗として親しまれてきた。しかしその寄居店が昨年の5月29日に惜しまれつつ閉店してしまった。個人的に未訪問のままなのが心残りである。

イトーヨーカドー丸大新潟店

その代わりと言っては何だが、寄居店閉店の半月あまり後、同年6月17日にイトーヨーカドー丸大店がオープンした。場所は寄居店から数百メートルの距離にあるイトーヨーカドー丸大新潟店の一階フードコート。小林営業部長によると機材もスタッフもほぼそのままで、事実上の移転らしい。寄居店の閉店で万代店が1番古い店になったが、古町界隈のみかづきファンにとっては朗報だろう。

みかづき イトーヨーカドー丸大店

万代店のロケ後、その新店舗、みかづきイトーヨーカドー丸大店を訪問してみた。一階の南東角にこじんまりしたフードコートがあり、その一角にみかづきの見慣れた看板があった。カウンターで注文して出来上がりを待ち、空いている席に自分で運ぶ。時間が掛かる場合はアラームを渡される。フードコートではお馴染みのセルフサービス方式だ。

みかづき メニュー

この日は撮影でノーマルのイタリアン(330円)と和風きのこイタリアン(430円)を食べたばかり。その直後ということもあって、選ぶメニューはそれ以外となる。カリーナ会津カレー焼きそばのルーツでもあるカレーイタリアン(430円)にしようかとも思ったが、注文したのはホワイトイタリアン(430円)。小林営業部長によると、最近カレーを抜いて、このホワイトが2番人気になったらしい。

ホワイトイタリアン 430円

焼きそばはノーマルのイタリアンと同じく、控えめなソース味のモチモチ太麺焼きそば。そこにベシャメルソースもどきのホワイトソースが掛かっている。コーンとマッシュルームが入っていて、マイルドな味わいだ。430円という価格でよく出せるなあと思うが、そういえばノーマルのイタリアンはさらに100円安い330円だった。地元の人はクーポン券を持ち歩いていて、そこからさらに50円引きなのが標準価格。うーん、味や満足度を考えると驚異的だな。

モチモチ太麺にホワイトソースが良く絡む

暑い日だったので、デザートにアズキアイス(150円)もいただいた。これも50年変わらぬ味という。シャリシャリのあずきが美味しい。ノーマルのイタリアンと組み合わせれば480円。ワンコインでお釣りが来てしまう。そりゃあ学生も寄り道して買い食いしちゃうわなあ。

アズキアイス 150円

今は無き寄居店にも一度訪れてみたかったが、こうして広い新店舗ができたことは素直に喜ばしい。新潟駅からのアクセスは万代店が一番良いが、古町界隈の散策ついでに寄るならこちら、イトーヨーカドー丸大店がオススメだ。新潟市民のソウルフード、まだ食べたことが無い方は一度味わって欲しいなあ。

この日にロケしたTV番組については近日告知予定なので、そちらもお楽しみに。たぶん本記事で披露した自説については、全く触れられないと思います(笑)

みかづき イトーヨーカドー丸大店

店舗情報TEL:025-226-5035
住所:新潟県新潟市中央区本町通6番町1122-1 イトーヨーカドー丸大新潟店 1F
営業時間:10:00~20:00
ホームページ
主なメニューイタリアン 330円
ホワイトイタリアン 430円
カレーイタリアン 430円
和風きのこイタリアン 430円