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美好 本店

今回、かなり長い記事になるのでご容赦を。

これまで何度も当ブログで触れてきたが、2018年の一月に『お好み焼きの戦前史』と題するKindle本が公開された。膨大な資料からお好み焼きの発祥を詳らかに明かした本で、翌年の2019年1月には書籍『お好み焼きの物語』として出版された。その本によるとお好み焼きはもともと、小麦粉で日本料理や西洋料理、中華料理を模したパロディ料理として誕生したとされている。

現代のお好み焼き、古い店で「〇〇天」と呼ばれる品は天ぷらを模したもの。ソース焼きそばは中華料理のヤキソバを模したもので、かつては西洋料理を模した品々など多種多様なお好み焼きが存在した。同じ中華料理のパロディとしては、「シュウマイ」や「フヨーハイ」があった。

「シュウマイ」は浅草の染太郎では「シュウマイ天」という名前で今も残っている。野毛のお好み焼き屋、みかさでも「もちしゅうまい焼き」という名で提供されている。細長いモチに挽肉と玉葱、水で溶いた小麦粉を流し込んで焼くという、本物のシュウマイとは似ても似つかぬ品だ。

しかし、「焼きそば」「シュウマイ」と並ぶ中華料理のパロディの「フヨーハイ」は、現在提供している店はなく、どのような品なのかの資料もない。『お好み焼きの物語』では、次のように書かれている。

その他には内容は不明だが、フヨーハイというメニューを置く店もあった(雑誌商店界昭和10年12月号 斯んな商賣もある)。芙蓉蟹、つまりかに玉のことだろうか?
近代食文化研究会『お好み焼きの物語』p237(2019, 新紀元社)

中華料理の「芙蓉蟹(フヨーハイ)」=「かに玉」の名を冠するお好み焼きは、果たしてどのような品なのか? すでに失われて久しく、もう提供する店もないだろう……と思いきや、なんとなんと、いまだに健在だったのである。それが京成曳舟駅に店を構える、美好本店というお好み焼き屋だ。

京成曳舟 お好み焼 美好 本店

美好本店を訪れたのは、今年の3月下旬のこと。昨年末、広島のお好み焼きの歴史をまとめた書籍、『熱狂のお好み焼 ~お好み焼ラバーのための新教科書~』が刊行された。その著者、シャオヘイさんが広島から所用で上京したので、こちらで待ち合せて飲むことにしたのだ。もちろんシャオヘイ氏も『お好み焼きの戦前史』に大きな影響を受けた一人だ。

シャオヘイさんと乾杯

店内の壁にはメニューがずらっと並ぶ。美好本店を創業されたマスターによると、もともと和食を修行していたらしい。それもあって、お好み焼きやもんじゃ焼きのほかに魚介系の料理にも力を入れている。そしてこのメニューが面白い。例えば、もんじゃ焼きは「水焼き」という呼び方だ。

お好み焼 美好 本店 メニュー

北千住の方だと「もんじゃ」を「ぼった」や「ぼったら」と呼ぶが、「水焼き」という呼称は初耳だ。マスターは、吉原や山谷に近い日本堤にあった「三㐂」(みき)というお好み焼き屋で修業して、昭和47年くらいに開業したそうだ。「三㐂」は当時でも創業60年くらいだったというから、積算すると大正時代から営業していることになる。「水焼き」という呼び方はその店から始まったという。

もんじゃ(水焼き)は土手を作らないスタイル

実際の注文順と前後するが、「五目水焼」(900円)をお店の方に焼いてもらった。月島とは違って土手を作らず、町屋も浅草と同様にドバっと一気に鉄板に広げる方式だ。「水焼き」の名が示す通り、本来は水っ気が多くて土手を作れないものなのだ。

五目水焼 900円

小手で混ぜ、熱せられて適度に固まってきたころ合いを見て、ハガシでいただく。出汁が良い塩梅で効いていて美味い。もんじゃにあまりなじみがないシャオヘイさんも楽しんでくれた。

牛天 850円

それから、お好み焼き。関西や広島では、お好み焼きを「豚玉」「イカ玉」と呼ぶのが一般的だが、東京の老舗だと「イカ天」「エビ天」など「〇〇天」という呼ぶ店が多い。玉子を入れれば「〇〇玉」という呼び方にもなるのだが。シャオヘイさんと注文したのは「牛天」(850円)。味付けされた牛挽肉を生地と混ぜ込み焼き上げた。歴史を感じる乙な味だ。

美好 本店 お好み焼き メニュー

そして本命。お好み焼きメニューの最後の方に、「牛玉」と「かに玉」という品があった。普通の客は「豚玉」「イカ玉」のような、お好み焼きの「かに玉」と考えることだろう。しかし、美好のお好み焼きは前述した通り「〇〇天」という呼び方なので、別物に違いない。この「かに玉」が、冒頭で触れた「フヨーハイ」ではないかと予想して、私はシャオヘイさんをこちらへお誘いしたわけだ。

大きな器とかに玉専用のソース

「かに玉」(1000円)を注文すると、大きな器とかに玉専用のソースが運ばれてきた。器には玉葱のみじん切りと生卵、カニの身肉が入っている。具材の量が多く、玉子は4玉、カニの身は一缶分が丸ごと使われている。小麦粉の生地も、キャベツもなし。この時点で、他店の「豚玉」「イカ玉」とは全く別物であることが判明した。

全体をよーく混ぜて、鉄板に広げる

全体をよーく混ぜて、鉄板に広げ、玉葱に火が通った頃にひっくり返す。量が多いので返すのも大変だ。こうしてみると、中華料理のかに玉っぽくなってきた。あるいはかにオムレツとも呼ぶべきか。

かに玉 1000円

最後にソースを塗って出来上がり。ケチャップと濃厚ソースを混ぜたものか、まさに中華料理のかに玉に似た味わいだ。ふわふわ玉子と玉ネギの甘味、カニの旨味が混然一体となって美味しい。

かにオムレツ状態

この「かに玉」だが、マスターが修行した「三㐂」でも提供しており、「牛玉」も「かに玉」とほぼ同じ作り方だそうだ。実は野毛のみかさでも、かつて「かに玉」を提供していた。それは玉子と長葱、カニの身を混ぜて焼いた品だったという。アメリカ兵が客として頻繁に訪れていた頃には、その「かに玉」をパンで挟んだ「クラブハウスサンド」という品もあったという。「かに」と「クラブ」を掛けた洒落っ気は、まさにお好み焼きの真骨頂を思わせる。

野毛のみかさは昭和28年創業。かつて東銀座にあったお好み焼き屋を参考に開業した店だ。玉葱と長葱の違いはあれど、大正から昭和初期に掛けて複数のお好み焼き店で似たようなスタイルの品が「かに玉」として提供されていたことになる。これが「フヨーハイ」と考えて間違いはないだろう。失われて久しいと思われていた中華料理パロディのお好み焼き、「フヨーハイ」の実態が初めて明らかになったのだ。「生きた化石」とも呼ぶべき貴重な品を、シャオヘイさんと二人で興奮しながら味わった。

お好み焼きにはビールでしょ!

こうして「フヨーハイ」の謎は明かされたが、このブログは焼きそばがメインテーマだ。肝心の焼きそばを注文せねば……と思いつつ、二人ともここでギブアップ。ここまでの写真をご覧いただいてお分かりと思うが、美好本店は一品一品の量がかなり多い。「三㐂」ではお好み焼き一人前を小さめのマグカップ状の金属の容器で提供していたが、こちらではそれをサイズアップしている。焼きそばも結構なボリュームとのことなので、この日は諦め、デザートの「クロンボ」(600円)=小麦粉とあんこを混ぜたお好み焼きをいただいて締めとした。

クロンボ 600円

美好本店での焼きそば実食が叶ったのは、4カ月半も経った8月上旬のこと。妻と二人で訪れて、例のかに玉を食べて内容を再確認したあと、五目焼そば(1000円)を注文した。

ラーメン二郎を思わせる山盛り

運ばれてきたのは麺と野菜で築かれたピラミッドだ。野菜マシマシにしたラーメン二郎と見紛うばかりの切り立った山を見て、前回無理せず頼まなくて正解だったことを確信した。

麺を残して具材を焼く

この店は基本的に客が焼くスタイルなのだが、この焼きそばは難易度が高そうなので、お店の方に焼いていただいた。熱した鉄板に油を引き、魚介類と挽肉、野菜を落す。

野菜の真中にスペースを

魚介はイカ、ナルト、サクラエビ。野菜はキャベツ、モヤシ、玉ねぎ、ピーマン、シメジが使われていた。小皿に入れられたソース(出汁醤油だったかな?)を回し掛け、混ぜ焼きにする。野菜に火が通ってしんなりし始めたら、真中にスペースを作り、そこに麺を投入する。

ふんわり空気を入れるように焼き上げる

麺はあの浅草開化楼で製造された蒸し麺とのこと。小手を両手に持って、ふんわり空気を入れるように焼き上げる。焼きそば1人前に2玉使っているので、一人だと焼きそばだけで満腹になってしまいそうだ。

焼きそば用のソース

味付けに使うソースは、「焼そばソース」とラベリングされた専用のボトルに入ったものを使う。たっぷり2~3周ほど回し掛け、再度しっかり混ぜ炒める。最後が鉄板に大きく広げ、仕上げにゴマ油を振りかけ、紅生姜と青海苔を散らして出来上がりだ。

五目焼そば 1000円

味わいはまさに王道、東京下町のソース焼きそばの理想形だ。野菜たっぷりで麺が美味い。驚いたのはサクラエビが赤く色を付けたアミエビではなく、本物を使っていること。しかも干し海老ではなく、釜揚げの軟らかいやつだ。かに玉もだが、原価がかなり掛かっている。これで1000円は安すぎるのではないだろうか。

東京下町らしい王道の味わい

その後、シャオヘイさんは清川にある大釜本店を訪れたらしい。すぐ近所の日本堤にあった「三㐂」について尋ねたところ、立川の方へ移転したとか。店を訪れて訊いて回るシャオヘイさんならではの手法は、著書『熱狂のお好み焼』で開陳されているが、東京でも繰り広げるとはさすが! さらに移転先の立川の店についても調べてみたが、残念ながらそちらはすでに閉店してしまったそうだ。

ソース焼きそばはお好み焼きの一種で、中華料理のパロディだった。その説明をする際にお好み焼きの「シュウマイ」に触れることが多かったが、そこにもう一品、「かに玉」(フヨーハイ)が加わった。もしかしたら他にも提供している店が残っているかも知れない。今後も地道に探していこうと思う。

長々と述べてきたが、歴史的な背景を抜きにしても美好本店はオススメしたい店だ。ボリュームが多いから、注文する際は店員さんのアドバイスを参考にして、慎重にどうぞ。

店舗情報住所: 東京都墨田区京島1-46-12
営業時間: 17:00~24:00
定休日: 木曜(祝日・祝前日の場合は営業)
主なメニュー焼そば 900円
五目焼そば 1000円

かに玉 1000円
牛天 850円
五目水焼 900円