新井屋

2014年3月22日

美味い焼きそばがあると聞けば私は普通の人が躊躇するであろう店にも平気で赴く。子供相手の駄菓子屋や常連しか来ないような飲み屋、廃墟のような食堂。さらには(未紹介だが)競馬場、競輪場などにまで、「焼きそばのためならエーンヤァーコーラァー♪」とばかりに脚を伸ばしてきた。しかし今回紹介する店は別格だ。これまでになく緊張したお店訪問である。記事もいつになく長いがご容赦の程。

横浜市中区寿町。東京の山谷、大阪の釜ヶ崎と併せて日本三大ドヤ街と呼ばれている寄せ場である。一泊1000~2000円程度の簡易宿泊所(ドヤ)が密集し、そこで寝泊りする労働者たちが日銭を稼ぎ、仕事にあぶれれば朝から酒を飲み、酔えば道端だろうと構わず寝る街。金が無ければ路上生活となり、毎年寒い季節には凍死者も出る。一歩足を踏み入れれば誰もがその独特の異様な雰囲気を感じることだろう。地元の人は遠回りしてでもこのエリアを避け、若い女性は一人で近づいてはならぬと言われる禁忌の場所である。

横浜市の寄せ場 寿町

そのドヤ街のど真ん中に新井屋という焼きそば屋がある。こちらのサイトによると戦前からこの地で焼きそば屋を営んで、現店主で三代目という。そんな店を知ってしまった以上、これはもう行くしかない。行かざるを得ない。営業時間も定休日も不明だが、とりあえず3月下旬、土曜の昼に駄目元で訪れてみた。

ここでドヤ街訪問の心構えについて。まず小奇麗な服装は禁物。私は草臥れたジャンパーによれよれのジーパン、労務者風のキャップ帽で赴いた。歩く際は誰とも視線を合わさぬよう、なるべくリラックスした雰囲気で。町並みの撮影は人が写らないよう要注意。人にカメラを向けるのはトラブル必至なので絶対厳禁だ。

この日は横浜スタジアム側から寿町に入り、挙動不審にならぬ程度に街並みを観察しながらドヤ街のメイン通りを歩いた。普段ならスマフォで地図を確認しながら店を探すのだが、そんなものを取り出したくないので今回は事前に地図を記憶しておいた。ちなみに後日、山谷も釜ヶ崎も訪れたが、寿町が最も立ち入り難い雰囲気を醸していた。

メイン通りの両側には放置車両がずらっと並び、住民は歩道・車道の区別無くうろついている。その多くは年配者で車椅子や足の不自由な人が目立った。寒い季節はその辺に一斗缶を置いて焚き火してるらしいが彼岸過ぎなのでさすがに見かけなかった。これがもっと暖かくなると路上でたむろする人が増え、かえって歩きにくくなるのだろう。時々紛れている高級車は道を極めている方々のものなので要注意。

13時半過ぎ。新井屋に着いたがシャッターは下りている。やはり夜だけの営業か。こればかりは仕方ないので少し離れたエリアにある漫画喫茶で夕方まで時間を潰す。

夕方。なるべく暗くならないうちにと、17時過ぎに再訪してみるもやはりシャッターは下りたままだ。「今日は休みなのかなあ」と半ば諦め、日ノ出町まで歩いて別の店で飲むことにし、また時間を潰す。

そして19時過ぎ。夜は避けたかったのだが酔った勢いもあってすっかり暗くなった寿町を再訪。開き直って店まで歩いたらなんと営業しているではないか!(

横浜寿町 新井屋

どうやら目的は果たせそうだ。ここからようやく普段の記事と同じような内容になる。

外に席もあるが、あまりオープンスペースには陣取りたくはない。中は空いてる様子だったので覚悟を決めて入店。腰の辺りがすりガラスの引き戸を開けると「いらっしゃい」と店主さんが迎えてくれた。右手が鉄板台でカウンターに椅子が3脚。左手にはテーブルがひとつあり、常連さんが二人で飲んでいた。一番入り口に近い席に腰掛けて手元のメニューを確認。

新井屋 メニュー

焼きそばの他にはお好み焼き、焼き鳥、さらに枝豆などの酒肴が並ぶ。焼きそばは並が500円で大盛りが650円、肉や玉子などのオプションもある。

「なんにします?」
「とりあえずウーロンハイ(400円)、あと焼きそば(500円)を」

よくしゃべる常連のおっちゃんの会話をBGMにウーロンハイをチビチビ飲む。目の前の鉄板では店主が手際よく焼きそばを調理していった。おっちゃんのおしゃべりの合間合間に店主の突っ込みが入って、それがかなり面白かった。実際に入ってみれば美味しくて良い雰囲気のお店である。

「はい、焼きそばどーぞ」

キャッシュオンデリバリーかと思ったら違うようだ。調理の様子を見ていたが実に美味そうな焼きそばである。

焼きそば 500円

麺は中細で、インスタントラーメンにも似た縮れの強い麺だ。具はキャベツと干しエビと天カス。トッピングは削り節に青海苔。そして脇に紅生姜。ソースで炒められているがコショウを利かせたピリ辛仕立てである。シンプルながらエビの風味と天カスのコクも相まって思ってた以上に美味い。ウーロンハイにも良く合う。

ちなみにお好み焼は生地と具を混ぜずに重ねて焼く関西風の重ね焼き。広島風とは異なって重ねた一番上にも生地を垂らす。

「うちは関西風なんですがちょぼ焼きが元になってるんですよ」

牛スジ煮込みを入れた「ねぎ焼き」もあるが、こっちでは客に伝わらないのでメニューには「スジ焼き」と記載しているそうだ。

入った注文を鉄板で手際よく焼いてゆく

持ち帰りの注文をこなす間も相変わらず続く常連さんのおしゃべりと店主の突っ込み。そのやり取りに思わず私も笑ってしまった。

常連「ほら、あのお客さんも笑てるわ」
店主「すんませんね、うるさくて」
私「いやいや、マスターの突込みが面白くて(笑)」

前の店でほぼ満腹だったがぺろりと平らげてお勘定。ポケットに裸で突っ込んでおいた千円札で900円を支払って店を出た。土地柄が特殊なので決して他人には勧められないが、個人的にまた来てみたい店だった。今度は緊張感も和らいで、より味わって食べられるんじゃないかと思う。

後日、車橋もつ肉店からのハシゴ酒で再訪して、店主や常連さんとワイワイ楽しく呑むことができた。定休日は不定で営業時間は16時から21時半くらいとのこと。

「結構早く締めちゃうんですね」
「今は遅くまでやってもお客さんが来ないからねー」
「へー、そうなんですか」
「昔はこの通りも毎晩縁日みたいに賑わっていたんですけどね」

というわけでこのレポの日はたまたまオープンが遅かったのかも知れない。

新井屋