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美有天(びゆうてん)

2018年12月11日

※長崎皿うどんに興味のある方は、長文コラム『長崎皿うどんの歴史的考察』もぜひご一読ください。


11月に9日間ほど長崎へ遠征してきた。目的は長崎皿うどんの調査だ。あちこち食べ歩きつつ図書館などで資料を漁った成果は『長崎皿うどんの歴史的考察』という文章にまとめた。その遠征で実際に食べ歩いた店を、件の考察の補筆も交えつつ、これから創業年順に紹介していこう。

長崎市 中華料理 美有天(びゆうてん)

まずは大正元年(1912年)創業の美有天(びゆうてん)。長崎新地中華街の南の朱雀門を出ると広場になっていて、その脇を福建通りという道が通っている。ここから東の大門に掛けての辺りがかつて広馬場町と呼ばれた地域だ。四海楼はもともとこの辺りで営業していたらしい。

元祖長崎ちゃんぽん/考案者 初代 林依妹の店

福建通りをさらに東側へ進むと唐人屋敷通りになるがそちらへは行かず、広場を南へ渡ったすぐ先にあるのが今回紹介する美有天だ。店頭の看板には「元祖長崎ちゃんぽん/考案者 初代 林依妹の店」と掲げられている。ちゃんぽんの元祖といえば一般的には明治32年創業の四海楼だが……。どういうことかは最後に述べよう。

美有天 店内の様子

最初日曜に訪れたらたまたま不定休に当たってしまい、後日再訪。一階は広いフロアに丸テーブルが5卓配置されていた。クラシカルな雰囲気は私の好みだが、さすがに照明がやや暗いかな。電球を明るいのに変えるだけで店の第一印象が変わる気がする。平日昼前、開店直後だったため先客はなし。

美有天 メニュー

メニューの筆頭はやはりちゃんぽんと皿うどんだ。皿うどんの写真は細麺で、太麺が選べますよ的な言及はなく、「炒麺」などの漢字表記もなし。本来の皿うどんは太麺なのだが、長崎では大正元年創業の店ですら太麺が標準ではないというのはちょっと意外だった。戦前にはもう細麺を皿うどんと呼び始めていたのか、当時のメニューがあれば見てみたい。

卓上にはウスターソース

皿うどんは並(850円)と上(1150円)とがあり、並を指定。卓上には長崎皿うどんには欠かせないウスターソースがちゃんと置かれている。待つこと7~8分で配膳された。

皿うどん 850円

餡の具は豚肉・はんぺん・竹輪・アサリ・キャベツ・モヤシ・キクラゲ。強火で炒めてあり少し焦げ目が付いている。この紅白のはんぺんが無いと長崎へ来た気がしない。今回の遠征ではなぜか緑のはんぺんに出会わなかった。ちょっと寂しい。

パリパリの揚げたて極細麺が香ばしい

パリパリの揚げたて極細麺からは食欲をそそる香りが立ち上る。餡は鶏ガラ主体の清湯スープでさっぱりした塩味。他の店はかなり甘めの味付けが多かったが、こちらは甘さ控えめだった。餡の粘度も今回食べ歩いた中では、ここが一番緩め。食べている間に麺が柔らかくなる。この変化が楽しい。

ソースはなくても良いかも

ウスターソースを掛けても美味しいのだが、こちらは甘さ控えめなので、掛けなくても良い気がする。若い世代に好まれるガッツリ濃厚な味付けではないが、滋味あふれる味わいの美味しい皿うどんだった。料理はそこまで悪くないのに、口コミサイトで評価があまり高くないのが気の毒だなあ。

ところで冒頭で触れた「元祖長崎ちゃんぽん/考案者 初代 林依妹の店」。実は長崎ちゃんぽんの発祥は四海楼と決まったわけではなく、幾つかの異説がある。何しろ昔のことすぎて決定的な証拠なんてないのだ。

こちら美有天(びゆうてん)が元祖を名乗っているのも故のないことではないらしい。小菅桂子『にっぽんラーメン物語』の次の文はこの美有天を指したものだ。

にっぽんラーメン物語p220

新地に「私がちゃんぽんの創案者であり、元祖はわが店です」と明示した店がある。店主は元四海楼の料理人であり、新地住人の中には「それ本当ですよ」という人もいる。

それを裏付けるような話が『長崎の味百店』(1980, あずま企画編集室)に載っていた。「リンさんというのかハヤシさんと呼んだのかははっきりしないが」、林さんという人が四海楼創業者の陳平順氏とチャンポンを考案したという高谷八重の説を紹介し、「この林さんが林依妹であれば」「めでたしめでたし」と締めている。

1980_長崎の味百店

吉野家という屋号の店があり、主人の名は林さん、リンさんというのかハヤシさんと呼んだのかははっきりしないが、四海楼の陳さん(筆者注:四海楼創業者の陳平順氏)と親しかった。
(中略)ある日、陳さんが山と積まれた切れっぱしを眺めて、これを麺と煮込んだらどうであろうかと林さんに話す、やってみたらなかなかよろしい。これを商品化することにして、当時、なんでもまぜこぜにすることをチャンポンと言う長崎語があったそうで、林さんがチャンポンと命名した。
これが高谷さんのストーリーである。
✕  ✕  ✕
この林さんが林依妹さんであればチャンポンの発明はご両人の合作ということになってめでたしめでたしである。

ちなみに高谷八重は明治30年長崎生まれの女性エッセイストだ。『ながさきあまから』(1974, 長崎文献社)の著者紹介を貼っておこう。

1974_ながさきあまから

果たしてその「林さん」が美有天創業者の林依妹氏かは定かではないし、高谷八重が語ったエピソードの信憑性も不明だ。ただ明治時代の長崎で生まれ育った文筆家が書くからには、それなりに根拠のある話なのだろう。

もし美有天を訪れる際は、そんな説も思い出しつつ元祖長崎ちゃんぽんの看板を眺めてもらえればと思う。それだけの歴史を積み重ねた老舗なのは間違いないのだから。

店舗情報TEL: 095-824-1864
住所: 長崎県長崎市梅香崎町2-15
営業時間: 11:00~15:00 17:00~21:00
定休日: 不定休
主なメニューちゃんぽん 850円
ちゃんぽん(上) 1150円
皿うどん 850円
皿うどん(上) 1150円