広味坊 千歳烏山本店

今年最後の更新です。新型コロナに加えて私事多忙につき更新がままならず、ブログ主としては反省点の多い一年でした。特に、焼きそばの歴史・下巻のリリースが遅れてしまっていることが、残念ですね。来年は頑張ります。


千歳烏山に広味坊という中華料理店がある。創業者の娘で二代目の五十嵐美幸シェフは、TV番組・料理の鉄人で陳健一と名勝負を繰り広げたことでも知られる有名料理人。幡ヶ谷や銀座に「美虎」という店を出店したため、本店は代替わりして、弟さんの五十嵐創シェフが厨房に立っている。

広味坊 千歳烏山本店

実は今年の春に千歳烏山へ引っ越して以来、ランチやディナーでこちらの店をたびたび利用させていただいている。初訪問時は、よだれ鶏や肉巻き酢豚など、名物料理のクォリティに驚かされた。レギュラーメニューの海鮮焼きそばも、もちろん美味い。

広味坊 店内の様子

「せっかくなので、この店で一度はコースを食べてみたいなあ」ということで、旬が訪れた時期を待ち、上海蟹のコースをお願いしてみた。予算は一人一万円で、「蟹粉炒麺」という焼きそばもリクエストしてみた。

前菜3品

訪れたのは12月中旬、土曜の夜。乾杯のあとに出てきたのは前菜3品。大山地鶏のよだれ鶏。貝柱の和え物。鮮魚の刺身サラダ。さっぱりした味わいの品々で、お腹を落ち着ける。

水餃子

続いて、水餃子。斜切りの長葱と、微塵切りにされた香菜がたっぷりトッピングされている。中身はニラと豚挽肉が主体だったかな。薬味が多いのと黒酢のタレの味が濃いのとで、餃子自体の味がちょっと分かりづらかった。

いよいよ上海蟹が来るぞ

次はいよいよメインディッシュだ。カニ用ナイフとハサミ、フィンガーボウル、黒酢が配膳され、期待がどんどん高まってゆく。

上海蟹の姿蒸し

しばらくして上海蟹の姿蒸しが運ばれてきた。拳より一回り小さいくらい甲羅を持つオスが、ドドーンと2杯、向かい合わせ。背には産地、阳澄湖(陽澄湖/ようちょうこ)を示す青いタグが付いている。

赤い甲羅に覆われた上海蟹

上海蟹=チュウゴクモクズガニは日本のモクズガニの近縁種なので、ハサミからはふさふさの毛が伸びている。食べられまいと身に着けた硬い硬い装甲は、加熱されて真っ赤になり、食べごろなのをアピールしている。

甲羅を割って、足を切り話す

上海蟹を食べるのは二人とも初めてなので、食べ方を軽くレクチャーしてもらった。まずは甲羅から「ふんどし」と呼ばれる部分を外し、エラ(ガニとも呼ばれる)と口の周りをハサミで切って捨てる。さらに足の付け根にハサミを入れて一本ずつ切り離す。

甲羅の味噌を掬って食べる

甲側の足の切り口が並ぶ部分にもハサミを入れ、甲羅を腹と背に分け、腹を左右に分ける。あとは各部位の味噌と身肉をほじるのみ。甲羅の味噌はカニナイフのスプーン側を使い、足周りの身肉は尖った側で中身をほじる。

甲羅に身を集め、味噌を絡めたり

提供された蟹は身がたっぷり詰まっていた。カニ味噌は英語で”Crab Butter”と呼ばれるが、まさにバターを思わせる濃厚さだ。特にオスならではの「蟹膏(精巣)」の部位は、ねっとりした独特の味わいが印象的だった。きめ細やかな繊維から成る身肉を、カニ味噌に絡めて頬張るのも堪らない。食べている最中は指先が汚れるため、なかなか写真が撮れないのがもどかしい。

恐怖! 上海蟹の逆襲!

2人とも、ホジホジしながら食べることに没頭し、私の指に逆襲したハサミも、バキバキに割って、中身を美味しくいただいた。これほど旨いのなら、中国人の食通たちが毎年シーズンを心待ちにするのも頷ける。

山になった残骸

カニの解体作業は一時間以上にも及んだ。山になった残骸は、労苦と食欲の証だ。ここまで綺麗に食べ尽くされたら、このカニたちも浮かばれよう。2017年にサンフランシスコで、ダンジネスクラブ(アメリカイチョウガニ)を一人で黙々と剝いたことを思い出す。

お手拭きを交換していただき、次の一皿は上海蟹と豆腐の煮込み。中国語で「蟹粉豆腐」と呼ばれる、上海蟹の定番料理だ。赤茶色はカニ味噌の色。あっさりした味付けでカニ味噌と身肉を豆腐にまとわせ、素材の風味をシンプルに楽しむのがこの料理。万人受けする美味しさだ。

上海蟹と豆腐の煮込み/蟹粉豆腐

次は、娃々菜と上海蟹の煮込。中国語だと「蟹粉娃娃菜」。娃々菜(わわさい)はミニ白菜として知られる野菜だ。味の方向性は蟹粉豆腐と同じだが、娃々菜の甘味やトロッと煮込まれたまろやかさ、シャキシャキした繊維の歯応えなど、食味に変化がある。

娃々菜と上海蟹の煮込/蟹粉娃娃菜

締めは上海蟹の焼きそば、蟹粉炒麺。娃々菜の芯に近い部分を細長く切り、カニ味噌仕立てのあんかけにした品だ。身肉もふんだんに使われている。

上海蟹の焼きそば/蟹粉炒麺

カリカリに焼かれた麺を餡に絡めて頬張れば、カニの旨味が口中に溢れる。まさに至福。こちらから蟹粉炒麺をリクエストしてしまったため、似た味の料理が三品続くことになったが、全然飽きない。この品も、娃々菜が良いアクセントになっていた。

蟹の風味に溢れる至福の一口

実は焼きそばの歴史本を書く調査の中で、明治時代の炒麺レシピが3つだけ見つかった。その3つとも蟹を使った「蟹粉炒麺」なのだが、現代では提供している店がほとんどない。中国本土でも「炒麺」(焼きそば)より「拌麺」(あえそば)が主流になっている。今回、リクエストに応えていただいたことで、貴重な一皿を体験できた。

デザートのリンゴとシャーベット

デザートにゆずのシャーベットとリンゴをいただいて、ディナーはお開き。蟹に時間を取られ、長い滞在となってしまったが、満足度はひとしおだ。贅沢な晩餐を堪能できた。コースの一部は、シーズンが終わるまでアラカルトでも注文できるようだ。

アラカルトメニュー

こういう店が近所にあるのは幸せなことだ。コースを頻繁に頼むのはお財布事情が許さないが、今後も在宅ワークの合間に、ちょくちょくランチで利用させていただくことだろう。

店舗情報住所: 東京都世田谷区粕谷4-23-18
営業時間: 11:30~14:30、17:30~22:00(L.O.21:30)
定休日: 月曜日(祝日の場合は営業、翌火曜日休み)
ホームページ
主なメニュー五目海鮮焼きそば 1400円

選べる前菜三種 1500円
林檎の肉巻き酢豚仕立て 1700円