花家

2014年3月22日

今回から下町を中心に東京の老舗のソース焼きそばをご紹介します。まずは焼きそばが看板メニューの専門店から。


西浅草、都営地下鉄銀座線・田原町駅の3番出口から地上に出ると、花家という鄙びた店がすぐ左手にある。甘味・喫茶と看板にはあるが商ってるのは焼きそばメインだ。歩道に面した鉄板には調理済みの焼きそばが堆く積まれている。

田原町駅前 花家

訪れたのは日曜の午後3時過ぎ。いなり寿司が並ぶショーケースの向こうには焼きそばを調理している焼き台が見える。引き戸を開けて店内へ入ると、「いらっしゃーい、お好きな席へどうぞ」と、気っ風の良さそうなおばちゃんの声。調理台はおやじさんの担当か。

客席はテーブルが9卓ほどで先客は2人組が一組。焼きそばを肴に瓶ビールを飲んでいる。手近な席に腰掛けて「焼きそば(350円)、ひとつ」と注文。温かいお茶が出される。

待つ間に壁のメニューを写真に収めようとしたら「ごめんねー、料理は良いけど店内はダメなの」とおばちゃんからNGが出た。

「あ、すみません」
「でもこっちならいいわよ」
「これは?」
「64、5年前に書かれた看板。もうこの文字を書ける人は居ないのよ」
「へー、そんなに古くの。すごいですね」

なるほど、「焼」の書体が独特だ。

花家 昭和22年頃の看板

64、5年前というと1947年(昭和22年)前後か。小麦粉の統制が撤廃されたのが1952年(昭和27年)だから、その間、物資欠乏の中をこの店も相当苦労して凌いだに違いあるまい。物の本によれば当時の闇市だと焼きそばは一皿30円程度だったというが、価格は上から貼り紙されてしまっていた。

「はい、お待たせ」

焼きそばの皿と同時に卓上のソースを「お好みで」と差し出してくれた。

焼きそば 350円

麺は細めの蒸し麺で、ゴワゴワした懐かしい感じの食感だ。店内に児島製麺所の箱があったのでそこから仕入れてるのだろう。具はキャベツとモヤシが申し訳程度に入っているのみでトッピングに青海苔が掛かっている。味付けはかなり薄味だ。

以前も述べたが、戦後の食糧難の時代にはソースを後から掛けるのが焼きそばの主流だったようだ。当時、砂糖は統制品のためソースには合成甘味料が使われていた。甘味料にはサッカリンの様に加熱すると風味が悪化するものがある。そのため調理の段階ではソースで味付けせず、客が後から自分の好みでソースを掛ける方式が採用されたらしい。(ソース焼きそばの歴史については、つい先日こんな記事も公開された。興味のある方はどうぞ)

新宿のラーメン若月やここ花家の焼きそばが薄味なのも、その名残かも知れないな、などと物思いにふけりつつ卓上のソースをダバっと掛ける。確認はしてないが地元台東区のサフランソースという話だ。酸味が効いて、素朴ながらもしみじみ美味い。

おばちゃんが一見無愛想で、焼きそばも現代で受けるような味ではないため食べログでは悪い評価が目立つ。まぁ、確かに普通の人には薦め難い店だが、私にとっては文化遺産として残して欲しいくらいの貴重な店だ。

食べてる最中、一人客が連続で入ってきた。いずれも「焼きそばとビール」を注文。うーむ、漢らしい。「花家」という店名とは裏腹に、下町のダンディズムに溢れた昔ながらの焼きそば屋なのだった。

花家

店舗情報住所:東京都台東区西浅草1-1-18
定休日:水曜
主なメニュー焼きそば 350円