お好み焼 みかさ
先日、戦前の名残を留める人形町のお好み焼き店、松浪を紹介したが、さらにもう一軒、貴重なお好み焼きが提供されている店を見つけた。横浜は野毛にある、老舗お好み焼き店、みかさだ。
松浪でご一緒していただいた『お好み焼きの戦前史』の著者、近代食文化研究会さんを今回もお誘いし、その野毛のお好み焼き店・みかさを訪問してみた。
訪れたのは土曜日の昼下がり。浅草の染太郎を彷彿とさせる店構え。店頭の来歴で「風流お好み焼」と添え書きされている辺りも染太郎を思い出させる。創業は昭和28年(1953年)。『関西風でも広島風でもない『みかさ風お好み焼き』を』という謳い文句にワクワクしつつ入店。
店内は落ち着いた雰囲気だ。畳敷きの座敷が左右にあり、天板が鉄板になっている座卓が2卓ずつ置かれている。掘りごたつではないが、座卓なので腰掛けるのが楽だ。先客が1組いて、生くじら焼きしゃぶなどでワイワイやっていた。
こちらがお好み焼きのメニューだ。見慣れた品もあれば、「え? なにそれ?」という品もあり。その幾つかは既に絶滅したと思われていた、まさに生きた化石のようなお好み焼きなのだ。近代食文化研究会さんは、たぶん日本で最もこの凄さが分かる人なのではないかと思う。
まずは生ビールで乾杯して、小手調べに「しょうがてん(660円)」を注文。小麦粉を溶いた生地と紅生姜が入った、小さめのホーローカップが運ばれてきた。量は少なめでシンプルな構成だ。よーく混ぜて、熱した鉄板に広げる。この小麦粉の生地には揚げ玉とキャベツが既に入っているらしい。両面が焼けたらソースを塗り、青海苔を塗して出来上がり。
爽やかな生姜の風味と軽やかな口当たりが特徴的な、乙な味のお好み焼きだ。ソースは濃厚ソースもウスターソースがあり、どちらもサフランソースの製造元に特注しているオリジナルソースだとか。その辺にも老舗ならではのこだわりがありそうだ。
続いて「もちしゅうまい焼き(620円)」。「しゅうまい」は戦前のお好み焼き店でおなじみのメニューだったらしいが、今は浅草の染太郎くらいにしか残っていない。時を経て染太郎では「しゅうまい天」というメニュー名になったが、『お好み焼きの戦前史』によると本来はあくまでもただの「しゅうまい」らしい。「しゅうまい」に「天」がつくはずがない、という理由については『お好み焼きの戦前史』をお読みあれ。
「もちしゅうまい焼き」を注文したら細長く切った餅が4本と具、小麦粉の生地の入ったホーローカップが運ばれてきた。具はエビ、ミンチ、キャベツ、玉ねぎのみじん切りだ。「え、これどうするの?」と思われるかも知れないが、作り方が書かれた紙も渡されるので安心して焼こう。
まずは具を炒める。餅で囲んだ枠に少量生地を垂らし、炒めた具を入れ、残りの生地を注ぐ。染太郎で食べたことがあるが、あちらに比べると具も生地も多い。そのためちょっと餅の枠からあふれてしまった。さらに火が強すぎて焦げてしまったのもご愛敬。お好み焼きはこういうものなのだ。
焼きあがった「しゅうまい」を4つに切り分け、醤油とカラシて食べる。肉とエビ、玉ねぎの風味で本当に中華料理のシュウマイっぽい味わいだ。ほんとお好み焼きって、不思議な食べ物だよなあ。ちなみに「もちぎょうざ焼き」はしゅうまいと材料が違うそうで、食べ方も酢・醤油・ラー油を使うそうだ。
次は「塩崎さんも焼きそばを」と促されて注文した「のげ焼き(820円)」。他の焼きそばを差し置いて、敢えてこの「のげ焼き」を選んだ。運ばれてきたのは通常の焼きそばの材料。そして生玉子が二つ割られた丼だ。
焼きそばの麺はやや黄色味を帯びた蒸し麵。その上にミンチとラード。下にはキャベツとモヤシが隠れている。熱したラードを引いて、ざざっと広げ焼きそばを作り始める。この時、そばめしの要領で麺を細かく刻みながら炒めるのが、みかさの「のげ焼き」の肝なのだ。
あらかた火が通ったところで、塩と胡椒、ソースと味の素で味付けして、麺を刻んだ焼きそばの出来上がり。その焼きそばを生卵の器に入れ、よーくかき混ぜる。混ぜたったらそれ鉄板に広げて焼く。要は焼きそばの玉子綴じだ。同様の品は、新梅田食堂街の「きじ」が提供しているモダン焼きや、和歌山県御坊のご当地グルメ「せち焼き」が知られている。しかし、まさか関東でも昔から食べられているとは思わなかった。
食べてみるとソースの味わいに玉子のまろやかさが加わって、すこぶる美味しい。フワフワの玉子と、モチっとした麺の食感も面白い。近代食文化研究会さんにも好評だった。ソース焼きそば入りの玉子焼き、もっと流行っても良いな。
女将さんの話によると、こちらのみかさは東銀座の歌舞伎座の近所にあったお好み焼き店を参考にして創業したそうだ。その店では「銀座焼き」という名で同様の品を出しており、それに倣って「野毛」の地名をつけて「のげ焼き」としたらしい。つまり昭和28年よりだいぶ前から、焼きそばを玉子で綴じて焼く食べ方が東京には存在していたことになる。これは個人的にちょっと衝撃だ。東銀座の店の来歴が知りたい。
【追記】近代食文化研究会さんから公開後に教えていただいたが、染太郎では昭和12年の創業当時から「おかやき」という名前で同様の品を提供していたそうだ。まさかそんなに古くからとは思わなかった。情報ありがとうございます。
さらに1つお好み焼きを追加注文。選んだのは「干しいかてん(700円)」。小麦の生地と紅生姜の間に、切りいかとも呼ばれる糸状に加工されたスルメが挟んである。
じゃりン子チエで堅気屋のおっちゃんがお好み焼きのレシピを滔々と語る回があるが、あのレシピにも使われていたのがこの細ーいイカだ。よーく混ぜて焼いたが、形質状、干しいかが玉になってしまった。それでもイカの風味を感じてなかなか美味しい。焼き上がりの画像はしょうがてんや野毛焼きと大差ないので省略。
最後にデザートとしておしるこ焼き(500円)をお願いした。ホーローカップ生地の下にはあんこが隠されていて、角切りの餅が入っている。これをよーくかき混ぜて焼き、両面が焼きあがったら、シロップを掛けていただくのがこちらのお汁粉だ。焦げやすいので焼くときは気をつけよう。
『お好み焼きの戦前史』に紹介されている「おしるこ」は、薄く焼いた小麦の生地を切ったり曲げたりして器を模写し、その中に餡子を入れたものだ。みかさのおしるこ焼きとはだいぶ異なるが、お好み焼きは自由なのが本質なので、いろんなタイプの「おしるこ」があったのだろう。なお餅が入っていないのは人形町・松浪と同じく「くろんぼ」と呼ばれていたそうだ。やはり政治的な配慮でメニューから消えたらしい。
お会計をお願いすると、サービスで柚子シャーベットまで出していただいた。お酒もたくさん飲んで、一人3000円ちょっと。女将さんから他にもいろいろと貴重な話を伺えて、とても参考になった。ネットにはこちらの口コミも多々あるが、『お好み焼きの戦前史』を読んだ後に訪れてみると、こういう稀有な側面に気付くのではないだろうか。そういう食の楽しみ方も癖になりますよ。
店舗情報 | TEL: 045-231-0353 住所: 神奈川県横浜市中区宮川町2-23 営業時間: 17:00~23:30(土:12:00~、日祝:12:00~22:30) 定休日:月曜(祝日の場合は翌日火曜) |
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主なメニュー | のげ焼き 820円 しょうがてん 660円 干しいかてん 700円 もちしゅうまい焼き 620円 おしるこ焼き 500円 |
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