松浪
「お姉さん、『くろんぼ』一つ!」
ポリティカル・コレクトネスとしては完全アウトな台詞を、お好み焼き屋で口にする私。そこに至った経緯から話そう。
今年1月に『お好み焼きの戦前史』という衝撃的な本に出会った。戦前の膨大な文献を収集・整理してお好み焼きの歴史を詳らかにした一冊で、これまでの定説を幾つも覆している。もちろん焼きそばも大いに関わっており、私がこれまで食べ歩いた経験を重ねて読むと、目からウロコがボロボロ落ちた。Kindle版のみという点に抵抗がある人もいるかも知れないが、お好み焼きの歴史に興味がある人は必読と言えよう。
著者は近代食文化研究会さん。会を名乗っておられるが実質は個人のようで、Twitterでも日々やり取りをさせていただいている。それに触発されて書いたのが先日の長文コラム『支那料理屋のヤキソバ考』だ。そのうちに一度ぜひとも直接お会いしてみたくなり、ここ人形町のお好み焼き店・松浪で対面することになったのだ。本を勝手に宣伝しつつ、その日の様子をお伝えしよう。
ここ松浪の創業は昭和26年(1951年)。昭和27年に砂糖と小麦粉の統制が解除される、その前年だ。2016年12月にリニュ―アルしたそうで、店舗は真新しい。ただ畳敷きの座敷に鉄板を設えた卓袱台が並ぶ光景は、恐らく往年とそれほど違わないだろう。まずは初対面の挨拶を交わして、ビールで軽く乾杯。
さて、この店には戦前のお好み焼き屋で提供されていたメニューがいくつも残っている。近代食文化研究会さんも「まさか今でもあるなんて」と驚くほど。冒頭で述べた「くろんぼ」もそうだし、最初に注文した「キャ別ボール(800円)」もその一つだ。
「キャ別ボール」はここだけの独特な表記で、通常は「キャベツボール」と書く。高見順『如何なる星の下に』で惚太郎(浅草・染太郎がモデル)の品書き一覧にも出てくる料理だ。池波正太郎は「キャベツと揚げ玉を炒めたもの」と証言しているが、ここ松浪ではキャベツと和牛そぼろが出てきた。
店員の女の子に作り方を訊くと、「ラードを引いてキャベツに火が通るまで混ぜ炒めてください」との答え。肉に味が付いているので、ソースなどは足さなくて良いとのこと。言われた通りに作ると、ものすごーくシンプルなキャベツと牛挽肉の炒め物が出来上がった。甘めに味付けされた和牛そぼろは、神戸市長田のスジコンにも通じる味わいだ。あまりの素朴さに二人とも思わず頬が緩む。
続いては「牛てん(800円)」。今はお好み焼きの品書きは「○○焼」や「○○玉」という表記が一般的だが、浅草の風流お好み焼・染太郎を始め、古い店は「○○天(てん)」という名前で提供している場合も多い。その理由が『お好み焼きの戦前史』の「天ものの謎、とける」という節に実に明快に書いてある。興味のある方はぜひ読んでみて欲しい。
こちらの牛てんはお椀サイズの器で出てきた。底にキャベツの千切りが敷かれ、小麦粉を水で溶いた生地がそれを覆い、見覚えのある和牛そぼろが乗っている。お前、さっきもいたよな。鉄板にゴマ油を引き、生地と具をよく混ぜて丸く広げる。現代は大阪で流行したせいか厚く焼くのが好まれるが、恐らく戦前のお好み焼きは熱効率を考えても薄かったのではないかと思う。
ところでお好み焼きの歴史というと、大阪風の「混ぜ焼き」と広島風の「のせ焼き」のどちらが先だったかが議論されがちだ。しかしそれについても『お好み焼きの戦前史』の「具は混ぜて焼くか、のせて焼くか」という節に、当時の証言付きで結論が書かれている。その点だけでもこの本は読む価値があると思う。
焼きあがったところにウスターソースを塗り、青海苔を振りかけて出来上がり。これも素朴な味わいだ。生地に山芋でも混ぜてあるのか、さくっとした食感。酸味勝ちのウスターソースと甘めの肉そぼろであとを引く美味しさだ。
ちなみに「とんかつ」や「お好み焼き」用として親しまれている濃厚ソースは、戦後の昭和23年(1948年)にオリバーソース社が初めて販売した。中部以東でお馴染みの中濃ソースはさらに時代が下ってから。この店はウスターソースしか置いていないが、創業した年代的には正しいと言える。
そしてお待ちかね、焼きそば(800円)だ。メニューには五目焼きそばも載っているが、敢えて無印の方にした。
運ばれてきた皿には蒸し麺が乗せられ、その下にはキャベツとモヤシが敷いてある。蒸し麺の上にはいつもの和牛そぼろ、またお前か。それと微塵切りの紅生姜。これも熱した鉄板にラードを引いて、ざっと食材を広げて適当に炒める。
あらかた火が通ったところでウスターソースのみで味付け。焦げたソースが香ばしい。青海苔を掛けて出来上がり。見た目は現代とほとんど変わっていない。というか、終戦直後からのソース焼きそばを散々食べているから、自分が見慣れているだけかも知れない。
食べてみると味付けが薄すぎた。完全に自分のせいだが、味付けが濃すぎて失敗するよりはましだ。後からソースを足すとちょうど良い塩梅になった。和牛そぼろの甘さと風味で、長田風のぼっかけ入り焼きそばっぽくもある。甘じょっぱく味付けした挽肉って万能なんだなあ。
あれこれ話し込みつつ、デザートの甘味へ。まずはあんず巻き(650円)。近代食文化研究会さんがぜひ食べてみたいと仰っていた品だ。鉄板にゴマ油を引き、小麦粉の生地を細長い楕円状に広げる。
両面が焼きあがったら、その上にシロップ漬けのあんずと餡子を乗せる。餡子だけの「あんこ焼き」は今でも置いている店がちらほらあるが、あんず巻きは私も初めてだ。それをくるりと巻いて出来上がり。あんずの酸っぱさと餡子の甘さ、ゴマ油の風味で期待を超える美味しさだ。
このあんず巻き、実は2つ作ったのだが、私が作ったのはもう写真撮るのも憚られるほど形が崩れてしまった。まあ、失敗しても笑いながら問題なく食べちゃえるのが、お好み焼きの楽しさだろう。
そして最後に注文したのが冒頭の台詞にあった「くろんぼ(550円)」。注文すると水に溶いた小麦粉と餡子が、漆器の片口で出された。まずはこれをよーく混ぜる。たぶん混ぜあがった色がメニュー名の由来だろう。良いとか悪いとか、現代の基準で当時をはかるのはダメ、絶対。
熱した鉄板にゴマ油を引き、小さめのパンケーキ状に両面を焼く。ただそれだけなのだが、食べてみるとさっぱりした甘さで今でも十分に通じそうな美味しさだ。普通に女性受けしそうなスイーツなのだが、名前が名前なので人に勧めづらいのが難点か。
なお、この「くろんぼ」だが、店によっては「エチオピア」という名前で呼んでいたそうな。その由来も『お好み焼きの戦前史』の「メモ:忘れ去られたお好み焼き3 エチオピア」という節に書かれている。そういうのが許される時代だったんだなあと感慨深くなるエピソードだ。
また『お好み焼きの戦前史』で述べられている戦前の定義に基づけば、この日食べた品は焼きそばもキャベツボールもデザートも全て「お好み焼き」である。なかなか受け入れがたい概念なのだが、説得力があって実に興味深い。
ビールも何本か飲んで、お会計は1人3000円ちょっと。氏の人となりや具体的にどんな会話をしたかは敢えて書くのを控えるが、とても濃密で示唆に満ちたお話を伺えた。自分も昨年から本を書きたいなんて言ってるけど、いよいよ本気で取り組みたいなあ。近代食文化研究会さん、ご一緒していただきありがとうございました!
店舗情報 | TEL: 03-3666-7773 住所: 東京都中央区日本橋人形町2-25-6 営業時間: 17:30~23:00(土~22:00) 定休日: 日曜祝日(年末年始、夏季休業あり) → ホームページ |
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主なメニュー | 焼きそば 750円 五目焼きそば 950円 牛てん 800円 キャ別ボール 800円 あんず巻き 650円 くろんぼ 550円 |
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