山谷酒場

南千住駅の南側一帯、通称「山谷(さんや)」と呼ばれる地域には、簡易宿泊所が軒を連ねている。保証人不要かつ日払いの宿泊所は、「宿屋」にも満たないという揶揄を込めて「ドヤ」と呼ばれる。用意されているのは、体を横たえるのに必要十分な2〜3畳の部屋と布団だ。

あしたのジョーの舞台です

山谷は名作『あしたのジョー』の舞台としても知られている。かつては荒っぽい事件が耐えない場所だったが同時に活気もあった。宵越しの銭は持たない、とまでは言わないが、入った日銭を惜しみなく使う日雇い労働者たち。まとまった金が入れば、吉原や浅草、上野まで出て「飲む打つ買う」。地元の商店街も潤った。

東京を代表するドヤ街、山谷

しかし彼らの仕事は景気の影響を受けやすい。高度成長期をピークにドヤ街は徐々に衰退し、バブル崩壊やリーマンショックを経て割の良い仕事は激減した。そこに加えての高齢化。住民は年金生活者か生活保護受給者の割合が増えた。外国人旅行者向けの格安ホテルに様変わりした宿泊所も多い。

いろは会商店街 山谷酒場

その山谷を再び活性化させたい。そんな思いで昨年9月、山谷の「いろは会商店街」にオープンしたのが「山谷酒場」だ。店主はもともと西調布で喫茶店を営んでいらっしゃった方だという。開業に当たりクラウドファウンディングで支援を募るという試みも面白いが、お店自体もユニークだ。

とりあえず缶ビールから

訪問したのは2月下旬、土曜日の午後5時頃。2年ほど前にアーケードが撤去されたいろは会商店街の西端近くに店舗を構えている。店内はこじんまりしているが奥に席もあり、キャパはトータルで20人くらいだろうか。壁際のトレニアに一人腰掛け、とりあえず缶ビールを注文した。

山谷酒場メニュー

壁にはメニューがびっしり貼られ、内容も多岐にわたっている。居酒屋の定番メニューもあれば、「え、そんなのもあるの?」と驚くような料理名もあり。

今日の一品

黒板に書かれた「今日の一品300円」も聞き慣れない品ばかり。まずはその中から「ムール貝のドルマ」をお願いしてみた。「トルコのストリートフード、ムール貝のピラフ詰め」とカッコ書きがしてある。

ムール貝のドルマ 300円

出されたのはムール貝が二つ。説明書きの通り、貝殻にピラフとムール貝の身が詰められ、イタリアンパセリとレモンが添えられている。調べてみると「ドルマ」とは葡萄の葉や葉野菜などで包む料理全般を指すらしい。

ピラフには味が滲みている

その中でムール貝を使ったものは「ミディエ・ドルマス」と呼ぶそうだ。冷製の料理だが、その分ピラフには味が滲みている。クミンとムール貝の風味が酒を誘う。イタリアンパセリやレモンも合う。一口ずつで平らげた。のっけから面白いなー。

山谷酒と大根の紹興酒漬け

続いてもう一つ今日の一品から「大根の紹興酒漬け」をチョイス。大根と紹興酒だけでなく、醤油と乾燥唐辛子、山椒の実なども使っている。あと何か出汁も加えてるのかな。味はしょっぱ目。酒はこの店オリジナル、山谷酒のソーダ割りに切り替えた。シナモン、カルダモンが効いていて香りが良い。薬効はありそうだが、味が濃いツマミとだと喧嘩しちゃうな。

特製雲丹焼きそば 800円

締めは「特製雲丹焼きそば(800円)」。市販の焼きそば用の蒸し麺を焼き、雲丹(ウニ)のペーストと生クリームと和えた品。四角いお皿に盛り付けられ、四隅を白髪ネギと刻み海苔で飾っている。見た目がトゲトゲしていてどことなく雲丹っぽい。

濃厚な雲丹の風味

食べてみれば濃厚な雲丹の風味。こりゃたまらん。ウニは海藻を食べて育つだけあって海苔は確実に合う。さらに白髪ネギが口の中をさっぱりさせる。あえて市販の蒸し麺を使っているのが、かえって脇役に徹する風で良い。シンプルなのにこれだけ贅沢な味わいだなんて、ズルい焼きそばだ。

会計は2330円。中華系や洋風メニューもあれこれあって興味津々。山谷には大釜本店カフェ・バッハ、丸千葉などなど実は名店が多い。そこにこういう新進気鋭の面白い店が現れたのは喜ばしいことだ。再訪時にはいろいろ試してみたいなあ。