光華楼 エマックス店

前回の記事から、随分と間を空けてしまいました。昨年、12月の九州食べ歩きの続きです。


このブログを開設して以来、皿うどんの探求は私のテーマの一つになっている。九州各地の老舗をあちこち食べ歩いたが、未食の店もいくつか残っている。久留米市の光華楼はその一つだ。

西鉄久留米駅 エマックスクルメ

光華楼の創業は大正6年。久留米のちゃんぽんや豚骨ラーメンの草分けとして、言及されることも多い。本店はかなり前に閉店していて、現在営業しているのは西鉄久留米駅のエマックス店のみ。昨年末の九州旅の2日目に訪問してみた。

エマックスクルメ2階 味タウン

西鉄久留米駅の建物は、エマックスクルメという商業施設になっている。その2階、「味のタウン」の入り口右側に光華楼はあった。

大正6年創業 光華楼 エマックス店

中華食材などと並んで、料理のサンプルが飾られている。「皿うどん」は太いちゃんぽん麺が使われて、揚げた細麺の方は「パリパリヤキソバ」という名前だ。

大正6年創業 光華楼 エマックス店

約一年前に公開した長文コラム『長崎皿うどんの歴史的考察』を読まれた方はご承知だろうが、「皿うどん」「焼きそば」はそれぞれこれが本来の名前なのだ。

光華楼 メニュー

この店は店頭のレジで代金を前払いする方式だ。注文したのは、瓶ビール(500円)と皿うどん(800円)。瓶ビールはキリンとアサヒがあり、キリンをお願いした。皿うどんは「柔らかい麺でよろしいですか?」と確認された。もちろん「はい」と答える。

光華楼 店内の様子

支払いを済ませてから店内へ。カウンター数席に、テーブルは10卓くらいか。平日の夜で前客は二組だけだった。カウンターに腰掛け、ビールを飲みつつ、厨房での調理の様子を眺める。中華鍋で野菜を炒め、餡を作って麺に掛けて……。

山盛り、熱々の皿うどん

注文から5分も掛らずに出来上がり。山盛り、熱々の皿うどんが配膳された。たっぷりの具に覆われて姿は見えないが、麺はもちろんちゃんぽん麺だ。混ぜ炒めじゃなくて、餡掛けスタイルなんだな。

皿うどん 800円

使われている具は豚肉とエビ・イカ・アサリに、モヤシ、キャベツ、人参、キクラゲ、マッシュルームなど。中華鍋でカンカンと炒めたところに、スープを加え、片栗粉で軽くトロミを付けている。

もっちりした弾力のあるちゃんぽん麺

麺を下から引っ張り出す。もっちりした弾力のあるちゃんぽん麺が姿を見せる。餡と具が適度に絡んだのをゾゾゾッと啜る。餡の旨味をまとった麺が実に美味い。

具沢山で食べ応え満点

シャキシャキのモヤシを始め、野菜たっぷりで食べごたえあり。海鮮がふんだんに使われているのも嬉しい。長崎のお作法に則って、ソースをお借りして掛けたりするのも楽しい。

ソースを掛けるのもよし

食後、店主さんに「こちらは何年から……」と話しかけたら、いろいろと教えてくださった。久留米最大の繁華街、六ツ門に本店を構え、映画館などに出資して久留米の文化に大きく貢献してきたそうだ。『写真アルバム 久留米・朝倉・小郡・うきはの昭和』という本でまとめられているのを、じっくり見せていただいた。

ソースを掛けるのもよし

光華楼の六ツ門本店は2008年に残念ながら閉店してしまったが、ここエマックス店はいまだ健在。九州の麺好き・歴史好きはぜひ訪れてみてほしいなあ。

ところで久留米には、「ちゃんぽん」の歴史を考える上で興味深い店が、光華楼以外にもある。

まず、ちゃんぽんの異名でもある「支那うどん」というメニューを現在も提供している、 昭和30年(1955年)創業「沖食堂」。

それから昭和8年創業の「中華うどん一平」。こちらも創業当初は恐らく「支那うどん」と呼んでいたと思われる。

私は拙稿『長崎皿うどんの歴史的考察』の調査を通じて、実は四海楼以前から「ちゃんぽん」「支那うどん」が存在していたのでは、という考えに至っている。そう考えないとつじつまが合わない文献が複数あるのだ。四海楼以前の「支那うどん」は今ほど具が多くなく、久留米の上記2店のようなスタイルだったのではないだろうか。それを四海楼が具沢山にしたのではないか、と考えている。

卓袱料理で提供されていた「うどん」様の麺料理の文献も最近見つけたので、例の『焼きそばの歴史』の下巻『炒麺編』にでも、まとめてみたい。