デンキヤホール

2017年7月25日

ソース焼きそばは果たしていつごろ誕生したのだろうか? こちらの記事では戦後闇市での誕生説を紹介しつつ、「おそらく昭和10年代だったのではないか」との筆者の見解が最後のページに記されている。私も自分なりに色々調べたのだが、どうやら大正時代には確実に存在していたようだ。その証言を浅草で得た。

千束通り商店街 デンキヤホール

山口家本店と同じく浅草千束通りの一角にあるデンキヤホールは「ゆであずき」と「オム巻」=焼きそばを玉子焼きで包んだいわゆるオムそばが名物だ。もともと電器店を営んでいた創業者が明治36年(1903年)に開業したそうで、「デンキヤホール」という店名もそこに由来する。丁度ミルクホールが流行っていた時期だが、この店は甘味が主体だったようだ。オム巻は大阪を旅して感化された創業者が大正時代に売り出し、その味は現在の三代目にまで受け継がれているという。

訪問したのは7月中旬、平日のお昼時。実はこの日が二回目の訪問である。前回は奥の席だったが、今回は入り口付近の手前の席へ着席。大正ロマンを感じさせる看板に始まり、外観も内装も歴史相応のレトロな雰囲気だ。奥にはテーブル代わりにテレビゲーム機が使われている席もある。

デンキヤホール 食事メニュー

メニューは軽食・定食・ドリンクなど。お冷やを運んできてくれた三代目の女将さんにオム巻き(650円)とコーヒー(430円)を注文。調理は旦那さんが担当している。厨房から麺を炒める音が聞こえて来た。スポーツ新聞を読みながら待つことしばし。「お待たせしました」とステンレスのお皿に乗せられた品が運ばれてきた。

オム巻 650円

薄焼き玉子の鮮やかな黄色にケチャップの赤が映え、彩が美しい。割り箸で玉子焼きを割くと、中からソースの香りを漂わせた熱々の焼きそばが現れた。

玉子の中には熱々の焼きそばが

中細で柔らかめの深蒸し麺が、甘めのソースをたっぷり使って味付けされている。玉子と一緒に頬張ると、何とも懐かしい味わいだ。具はキャベツのみのようで、全体的に甘めな味でまとめられている。

三大七味

一緒に添えられた三大七味(やげん掘、八幡屋礒五郎、原了郭)を掛けても美味い。三大七味といえば「清水寺・七味屋本舗」が含まれるのが一般的だが、ここで出される「祇園・原了郭」の黒七味と一味が特徴的な辛さで個人的に好みだった。甘い焼きそばにピリッとした刺激が加わって、締まりのある美味しさになる。

コーヒー 430円

ぺろりと平らげて食後のコーヒーを一服。「浅草の地図、要ります?」と女将さんから訊かれたのをきっかけに色々とお話を伺った。この女将さんが実に研究熱心な方で、創業当時の食文化についてとても詳しいのだ。冒頭の疑問をぶつけたら、あっさり「大正からありますよ」と答えていただけた。

「このオム巻も当初からソース味だったんですか?」
「はい、105歳になるお客さんがいらっしゃるんですが、変わらない味だと仰ってます」
「なるほど、そりゃ確実ですね」

オム巻を発売した当時、ソース焼きそばは屋台で売っているのが一般的だったようだ。このお店では深蒸し麺を使っているが、それも当初から変わらずで、当時蕎麦屋に発注していた記録もあるらしい。さらに日本でソースが発売されたのが明治30年前後だったことを本の年表で確認した上で「明治時代にはソース焼きそばがあったんじゃないですかね」という見解もいただいた。(ソースの発売時期についてはこのページが詳しい)

ちなみにもう一方の名物「ゆであずき」は江戸時代から存在していた食べ物らしい。水分大目でシャバシャバしている品が「ゆであずき」で、後代の濃厚なあずきはこの店では「煮あずき」と呼んでいるそうだ。いやはや、江戸時代まで遡るとは、さすが浅草である。

関東大震災も東京大空襲も乗り越えた老舗が提供するオム巻。食べ終わって「焼きそばは浅草の隠れ名物」との思いを新たにした。スカイツリーも良いけれど、古きよき浅草の味もお勧めしたい。


ところでミルクホール編として杉並区下高井戸にある「ミルクホール石川」もご紹介するつもりでしたが、店主のおばちゃんが体調不良で今シーズンはまだ焼きそばを開始していないため、掲載は見送らせていただきます。夏季のみ営業しているお店で、昨シーズンは食べ損なったので楽しみにしていたのですが残念です。カキ氷は商っておられますので、興味のある方は行ってみてください。

デンキヤホール

店舗情報TEL: 03-3875-2987
住所: 東京都台東区浅草4-20-3
営業時間: 9:00~21:00
定休日: 水曜日
ホームページ
主なメニューオム巻 650円
ゆであずき 500円
コーヒー 430円